大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和39年(ネ)639号 判決 1967年7月25日

理由

一、被控訴会社は菓子類乳製品等の販売を業とするところ、昭和三三年一一月一二日訴外延札護が被控訴会社と取引するにつき、控訴人は延札の保証人となり、取引上の債務担保のため、同年一二月一一日、控訴人所有の原判決別紙目録第一の建物につき、債権極度額五〇万円の根抵当権を設定して、同月一五日その登記並びに代物弁済予約に基づく所有権移転請求権保全の仮登記をした事実及び延札が右一一月一二日から昭和三四年二月二五日まで被控訴会社と取引したこと、同年二月一〇日控訴人が光勝の代表取締役となり光勝が被控訴会社と取引を開始し、延札の被控訴会社に対する債務を引継いだことは当事者間に争がない。

二、《証拠》を総合すると、延札の右取引は実際は控訴人が延札を表面に立てて被控訴会社と取引したものなること、延札の右取引による被控訴会社に対する未払債務は三六五万四、二八一円で、光勝が被控訴会社と取引するに当り昭和三四年二月二七日この債務を被控訴会社に対して引受け、同時に控訴人は前記目録第一建物の担保権並びに代物弁済予約が光勝と被控訴会社の取引による光勝の将来の債務のために引継がれることを承認したこと、延札との取引では、初め未払債務額五〇万円を限度とする約定であつたが、その後間もなく右限度は撤廃され光勝との取引でも右制限は存しなかつたこと、以上の認定については当裁判所も原審と判断を同じくする。よつてここに原判決理由二、の摘示を全部引用する。

《証拠》中右認定に反する部分はたやすく信用することができない。控訴人は延札の取引終了時における債務額は認めながら、それと同額の債権額をもつていたので光勝がその双方を引継いだから延札と被控訴会社との取引は債務超過にならず終了した旨主張するが、前記たやすく信用できない証言と供述の外に右の如き事実を認めるに足る証拠はない。なお右認定事実から明らかであるように、本件の代物弁済契約は根担保乃至根代物弁済契約たるの性質を持つものであるから、被担保債権額は常に可動的な性質を有し契約時と完結時に厳格な意味における債権の同一性は要求されず、要するに光勝と被控訴会社間の菓子類乳製品等の売買取引により生じたものであれば足りるものと解される。

三、次に控訴人所有の原判決別紙目録第二、第三の不動産につき、昭和三四年七月二四日と同月三一日に同月二一日付代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記がなされた事実は当事者間に争なく、《証拠》によれば、光勝と被控訴会社間の取引で、光勝の債務は、昭和三四年七月二一日現在で未払残高が一、四九六万〇、三八九円の巨額に達したので、被控訴会社の要求により、控訴人は同日右第二、第三の不動産を光勝の現在及び将来の取引債務の増担保として被控訴会社に提供して代物弁済予約をなし右の通り仮登記したものであつて、この点も当裁判所は原審と判断を同じくするのでここに右摘示三を引用する。

この点につき控訴人は、光勝は被控訴会社の穴埋の操作のため被控訴会社より依頼を受け、発足当時より、被控訴会社の負債を四五六万五、八〇六円も引受けて発足したものであるから控訴人個人の不動産を光勝の債務のため提供する筈はないと抗争するが、なるほど、《証拠》を総合すると、光勝発足当時の昭和三四年二月一二日、被控訴会社神戸出張所長藤井房雄は、同所の訴外やまあ物産株式会社に対する四五六万五、八〇六円の債権(やまあ物産より譲受けた同物産の他の者に対する債権を含む)を控訴人に譲渡し、控訴人は譲受代金支払のため同額の手形を被控訴会社に差入れ、右手形は光勝において決済して行つたこと、結局取立見込のあやふやな右の如き債権を被控訴会社は巧に光勝に肩代りさせる方法で自己の帳簿上やまあ物産に対する債権を整理することができ、反対に光勝は当初から不良債権を背負い込むことになつた事実を認めることができる。しかしこのことから直ちに、控訴人が光勝の被控訴会社に対する債務のため個人所有財産を提供したものでないとの結論を導くことは早計である。蓋し前記各被控訴会社援用の証言を総合すれば、昭和三四年七月に、光勝の未払債務が前記のような巨額に達したのは、控訴人の光勝の経営が乱脈を極めたことが主たる原因をなしているものと認められ、被控訴会社としてはかような場合、今後取引を継続するについては原判決別紙目録第一建物のみの担保では不足とみて増担保を要求するのは極めて自然なことであつて、控訴人としてもその責任上同第二、第三の不動産を増担保として提供したものと認められ、また第一建物についても、若しこれが延札(実際は控訴人)との取引から光勝の取引えと引継がれなかつたとすれば、その代物弁済予約に基づく仮登記は直ちに抹消されるが、少なくとも抹消される話合がなさるべきであるのに、そのような事実を認めるに足る証拠はない。他面延札名義の取引で、控訴人は前記のような未払債務を負担していたこと及び被控訴会社と巨額の取引をなし販路の開拓が進めば多くの利益も期待できるであろうことを彼此考え合せると、前記不良債権の肩代りの事実を以て、直に前認定を覆すものとなし難い。この点に関する当審における控訴本人の供述もたやすく信用できない。

四、昭和三四年一二月一七日、控訴人が光勝の代表取締役職務執行停止の仮処分を受けたことは当事者間に争なく、《証拠》を総合すれば、当時の光勝の被控訴会社に対する取引上の債務は、代物弁済予約完結の意思表示に顕れている一、六四五万三、八四四円の外に、当時期日未到来の手形分三〇八万八、〇七〇円、被控訴会社神戸出張所の売掛金九七万六、八〇七円計二、〇五一万八、七二一円であつたことが認められる。右認定に反する《証拠》は信用し難い。

五、被控訴会社が、昭和三五年八月一日到達の書面で、光勝と控訴人に対し、本件物件につき代物弁済予約完結の意思表示をしたことは当事者間に争いなく、《証拠》によると、前記仮処分による職務執行停止時までの光勝の債務を一、六四五万三、八四四円とし、この額を以て代物弁済予約を完結する旨表示したもので、これは右の日に控訴人が勝光の代表取締役の職務から排斥されたので、同日までの債務額を控訴人の責任額としたもので、一応肯けないことでもないが、同日までの債務中期日未到来の手形分や被控訴会社神戸出張所の売掛金が加えられてないのみならず、元来債権担保を目的とする代物弁済予約完結において、債権者は、特約なき限り恣意的に幾何の額の代物弁済とする旨の指定権を有するものではない。従つて、被控訴会社が特約のあることの主張立証をせずして右完結の意思表示における完結額を固執するならば、延いてその完結自体も無効とならざるをえないけれども、後に説明する通り本件代物弁済予約は代物換価弁済予約ないし帰属清算型の代物弁済予約と解されるのであり、かかる予約においては、結局において予約完結後物件は換価又は評価することにより債務は清算され、その清算時における時価を以て債務の消滅額が決定されるべく、代物弁済時における指示額の如きは、当時被控訴会社に判明していた本件物件の被担保限度額(控訴人の責任額)を示したものとしての意味以上のものを持たないのである。そして、被控訴会社において、この額に重要性を置いていないことは当審証人小林正信の証言から明らかであるから、右の額を充当額とする法律上の根拠は是認し難いが、結局法律上は被担保限度額を示したものとし代物弁済予約完結の無効を来す程のものではないと解する。

六、《証拠》を総合すると、本件代物弁済予約は、当初の延札名義の取引についてのものは別とし(これも後にはその性質を変じた)原判決理由六、摘示に説明する通りの内容を持つ清算型のものと解され、従つて、被控訴会社が光勝所有の前記(被控訴人の当審における主張(三))(イ)乃至(ホ)の共同担保物件を、先づ昭和三五年五月下旬に代物弁済としてとり、後に同年八月一日に本件物件を代物弁済としてとつても不合理でなく有効と判断すべきことについては、右原判決理由六、の摘示と同一見解であるからここに右摘示を引用する。

なお右の点を敷衍して考えるに、債権者が債務者又はその者の為の物件提供者との間に、債権を担保とする目的で代物弁済予約をなし、且つ弁済に供せられる不動産上に所有権移転請求権保全仮登記をなすことは広く一般に行なわれているところであり、本件においても、控訴人が光勝と被控訴会社の継続的取引につき光勝の現在負担し将来負担することあるべき債務の為の本件物件を担保として提供し、代物弁済予約をしたものなること前認定の通りであるが、代物弁済は、目的物件の所有権その他の権利を移転することにより、債務の全部又は一部が直ちに消滅する性質を具有するものであるから、固有の代物弁済である限り、予約契約において予約完結の暁幾何の債務が消滅するかの点につき合意が明示又は黙示になされていなければならない。このような合意が認められない場合は、当事者の意思は、目的物件を換価または少くとも評価して充当額を定め過不足があれば、清算する意思を有するものと推認するのが相当である。被控訴人はこのような場合をもなおこれを清算的代物弁済予約または代物換価弁済予約と称して強いて、代物弁済の範疇に押込めようとする。そしてこのような解釈をする説もないではないが、このような型のものを代物弁済予約と呼ぶか、代物弁済予約ではないとするかはもはや用語の問題に帰する如くであつて、要は代物弁済予約なる語を用いていても本来の意義から離れ譲渡担保と同様に目的物件を換価少くとも評価して清算することにより担保の目的を達する場合があり、かかる場合は名は代物弁済予約というも、むしろ譲渡担保予約の性質を持ち、予約を完結して物件の所有権が移転しても、直ちに一定の債権額の消滅を来すものでなく、爾後譲渡担保の関係が残り清算を遂げてはじめて債権の消滅を来すことに着眼すれば足りる。今本件についてかかる充当額の合意が予めなされたか否かを按ずるに、全証拠によるも明示的にかかる合意がなされたと認められず、却つて被担保取引は継続的なもので、その被担保額は不断に可動的なものであること、本件第一建物につき五〇万円という被担保極度額が撤廃されてからは、被担保債務極度額は定められず、債務額は漸増して行つたので、増担保として本件第二、第三物件や光勝所有物件が代物弁済予約物件として提供されたが、その際充当額が合意された事実を認めることはできず、物件価額と当時の債権額との釣合すなわち、前者が後者に見合う程度のものと評価された形跡すらもなく(却つてその中、光勝のものは当審鑑定人山本凱信鑑定の結果によれば予約完結時に二〇〇万円程度のもので予約契約時にはもつと低額のものと推定され、その余の本件物件については、正確な価額は不明であるが、弁論の全趣旨からすると、光勝の物件を合算しても全価額は当時の債務総額を下廻るものと推認される)、担保権は前認定のように三回(初回のものは後に極度額が撤廃された)に亘り設定され、予約完結も光勝のものと控訴人のものにつき別々になされ、被控訴会社においては、予約完結後も、帳簿上債権の一部又は全部が消滅したものとしての経理をせず、清算を後日に残している、以上の事実は前認定に供した各証拠上明らかな事実であり、このような状況の下では、本件代物弁済予約において、目的物件の充当額が黙示的にも、後にその評価や換価も要せぬ程度に合意されていたもの(例えば目的物件を金何円として充当するとか、一定の時期の債務総額の代物弁済とするとか)とは到底いうことはできず、結局目的物件を後に評価または換価してその額を充当額とするの外なき事例と認めざるをえないのである。そしてこのような型の代物弁済予約は名は代物弁済予約というも譲渡担保予約であつて共同担保物件のそれぞれにつき予約完結時を異にしても毫も差支えはないわけであつて、予約完結により、所有権は債権者たる被控訴会社に移転するが、清算の結了するまでは物件は譲渡担保の目的たる性質を保有するものと解せられる。

七、右の如く本件代物弁済予約の性質を譲渡担保のように、清算型のものと解する立場からは、苟も被控訴会社の光勝に対する債務が残存する限り、本件物件につき予約完結権を行使することは許されるものなるところ、控訴人は、被控訴会社は光勝の諸財産を引継いだものでそれらを清算すれば、光勝の債務は消滅している旨抗弁するけれども、その理由のないことは原判決理由七、に判示するとおりであるから右摘示を引用する(省略)。

八、控訴人は、同人が光勝の代表取締役を退いた頃被控訴会社は控訴人に本件仮登記を抹消すると約した旨抗弁するけれども、乙第二号証は、その記載自体からして藤井房雄個人と控訴人との間の同号証表示の仮処分事件についての示談書であつてこれを以て控訴人主張事実の証拠となし難く、またこの点についての《証拠》はたやすく信用し難く、他にこれを認める証拠はない。

九、以上によれば、原判決別紙目録不動産は、昭和三五年八月一日代物弁済予約完結により被控訴会社の所有となつた(この点についても疑義がないわけではない。すなわち代物弁済予約を完結しても、移転登記を経なければ所有権は債権者に移転せず、従つて債権も消滅しないものと解せられる余地がある。しかしこのように解せられるのは、主として通常の型の代物弁済予約において債権者が登記なくして所有権を取得し債権が消滅すると、目的物件が他に売られ移転登記を経た場合などに債権者に不測の損害を生ぜしめるおそれのあるところから、債権者保護のためかような解釈がなされるのであるから、代物弁済予約上の権利が仮登記により確保され、しかも所有権は移転するものの、その実担保権にすぎず、後に清算を残しているような本件の場合にまで、登記未了の故にその所有権を否定すべきではあるまい。)から、その確認及び移転登記手続を求める本訴は正当で、これを認容した原判決は維持せらるべく、本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三八四条により棄却

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例